紫苑の声
*〜*〜 はじめに 〜*〜*
ストレスの多い日常生活の中で様々な問題と向き合って、悪戦苦闘する親子、何処にでもある話(無いかも)。 その時々にあった事や、親の介護の悩み、人間の心の奥にある本音を引き出したり、投げ掛けたり、何が飛び出すか分からないが、とにかく、今日がスタート。 あれこれ、考えるより始める事。 でないと、始まらない。
誰でも、一生の内には、本を書いてみたいと思うのではないだろうか。 今までは、それ程書きたいと思わなかったのに、最近、無性に書きたくなった。
うまく書けるとは思わないが、それとなく読者に伝われば、それで本人は充分満足である。 紫苑(しおん)の花のように平凡で目立たない主婦の不定期に書く日記です。
●紫苑 : キク科の多年生植物で夏・秋にうすむらさきの花をつける。 ひとつひとつの花は地味だが、生け花ではカスミソウのように他の花を引き立たせる。
☆故郷への思い 2009.07.16発行
毎年、8月の13日〜15日はお盆で田舎に帰る。 三重県の伊勢志摩は父母の故郷で、時期になると親戚に配る土産を沢山買って、車で帰る。 片道
5〜6 時間が、帰省ラッシュにはまると10 時間位掛かる時もある。
長時間乗ってるとお尻が痛くなるので、休み休み行くのだが、家を出る時は一大決心して鳩の帰巣本能のように、ひたすら実家を目指して走る。 昼間は暑いので夜時間を見計らって出発。
父が亡くなり、母を静岡に連れて来てからは、迎えてくれる人の無い家に帰るので、ちょっと寂しい。
母が静岡に来てからまる4年になるが、今年の里帰りはいつもと違う。 9月に父の23回忌があるので、頼んで叔母(母の妹)に母を預ける事にした。 叔母も夫を亡くし、今年初盆だ。 1人暮らしで母も遠慮が無い。
実家に1人で置いておくのは心配だし、家事の出来ない母を叔母に預けるのは心苦しい気もするが、ここは叔母さんに甘えて御願いしましょう。 母は日頃から、残り少ない友達や親戚と会える事を楽しみにしている。
9月に年忌がある事から母は勝手に勘違いし、『今年のお盆は、帰らない』と思い込んで居た様で、親戚や友達に断わりの電話を長々と掛けまくり、私をはらはらさせます。 電話くらいと思うが、電話代だけでウン万円。 景気の悪い時はこたえます。 1回
30分〜1時間 長距離電話で多い時は10回位掛けるから。 それが毎日だから。
気分が下向きになっちゃう。
母はルンルン気分。 私だってルンルンしたい。 日常的に睡眠不足でお疲れモードの私は早くお盆にならないかと今から待ち遠しい。 せいせい寝たい。 気晴らしに何処かに出掛けたい。 美味しい物食べに行きた〜い。
悪い娘かもしれないが、お盆から年忌までの間、ゆっくり出来るかと思えばホッとする。 母にとって田舎は生誕の地、懐かしい場所である。 それに対し、私はあまり居心地の良い場所とは言い難い。 どちらかと言えば嫌いである。 変に思うかも知れないが、私は三重県生れではないからだ。 私の父は和歌山県警の警察官で、和歌山県内、各地を転々としていた。 妻子も同様に、転居を繰り返していたので、新宮生れの私にとって故郷といえるのは和歌山県である。
父が定年前の「肩たたき」を嫌い、退職して三重県に越して来た。 仲の良い友達と別れるのが辛くて、子供なりに自身の心が傷つくのを恐れて考えた事は、友達を作らない事。友達ができても深く付き合わないこと。 自分で殻の中にこもってしまった。 結果、誤解を招くことになり、楽しい筈の青春時代を寂しく過ごす事になってしまった。
私にとっては嫌な場所でも、母にとっては何処よりも素敵で、温もりある場所に違いない。
田舎で生れ、育って、小さな町から何処にも出た事がないとか、田舎言葉丸出しで喋る人って尊敬するし、 羨ましく思う。 どっしりと大地に根をはった木のように逞しく見える。
☆野菜の収穫 2009.08.04発行
今年はナス、トマト、キュウリが沢山取れた。 長雨で多少、腐りが出たものの、騒がれている日照不足は、さほど気にならない。 自家消費のつもりで、プランターを並べただけの簡単な(畑?)である。 毎年、教室の生徒さんやご近所におすそ分けするが、今年は母がお世話になってる整形外科の看護婦さんたちに持って行って、喜んでいただいた。 母いわく、『人にやるのはええのやないと。』 田舎言葉で、色・形の良いものをあげなさいと言っているのだ。 スーパーのトマトはあまり美味しくないが、家で取れたのは中身がしっかり詰まっていて、甘味もあり、美味しいと生徒の評判です。 母は花より団子。 私は花の方が良いと思う。 花は心を癒してくれるから。 最近は母と野菜のお守りで花の手入れをさぼっている。 花も通りすがりの人が『気持が和む。』とやさしく声を掛けてくれる。
きれいな花を咲かせた時はとても気持が良い。 またお手入れ頑張らなくちゃ。
☆床屋の勘定 2009.08.05発行
朝、起きて食事の支度をする時、母が『床屋に行きたい』と言い出した。 少し前から髪が伸びたので切って欲しいと頼まれていたのだが7/26のメダルテスト以来、疲れが取れないので先延ばしにしていた。 最近は私が髪を切り、顔を剃っていたのに、待たされて我慢出来なくなったのでしょう。
早速、予約を取って、送って行こうとしたら、1人で行くと言う。 10時に、押し車を押して出掛けた母が12時頃、帰って来た。
ニコニコ笑って、『安かったよ。 カットして、顔も剃って貰って、頭もきれいに洗って、540円だった。お店の人にそんなに安くてええんかなと言うたくらい。』と話す。 ビックリして、一体、財布にいくら入れて行ったのか、帰りの買物はいくらだったのか、レシートは?とか、聞いてもその度に金額が違う。 買物してもレシートも無い。 床屋さんにご迷惑を掛けてるのじゃないかと電話で問い合せたら『4200円、戴きました。』の返事。
勘定の支払いは、お店の人に財布を預けて取って貰うそうで、驚いた。 以前から時々、おかしいと思う時があったが、ここまで認知症が進んでいるのかと、改めて思う。 外見からはとてもそうは見えないのに‥‥。 これからも暫くは続くのだから見守るしかない。 小遣持って出掛けるのはたいてい、近所のコンビニかドラグストア、買ってくるのはお菓子か薬。 食事と薬の管理が自分で出来ないので私が管理している。
ある程度の小遣は持たせているが、私に隠れて大量の菓子や薬を買って来る。 いつも私が出掛けた留守に食べている。 ゴミを見れば分かるのに。 普段は子供、時々おとなの母、次は何が起こるか‥‥。
☆水が出ない!! 2009.08.06発行
早朝、起こされた。 今度は何なの〜っ。 『水がで〜へん。』 嫌な予感! 朝夕の水やり、母の日課だ。 先月末、散水ホースのノズルが壊れて取り替えたばかり。 翌日に 『水がで〜へん。』と呼び付けられた。 調べると元栓が締まってる。 『もう〜。 こんな事したら、で〜へんの当たり前やん。』 先月修理する時、元栓を締めるのを見ていたのでしょう。
それから、まだ一週間もしてないのに、 『水がで〜へん。』と来た。 調べたら元栓は開いている。 また壊れたのか、と手に取ったらレバーが動かない。 よくよく見ると、レバーを開閉するボルトが伸びて曲がっている。 ナットを締めていったらレバーが動いて直った。
原因はナットのゆるみ。 昨日はちゃんとしてたのに。 『もう、余計なとこ触ったらあかんで〜。』 あ〜、肩凝った。
☆ヨガですっきり 2009.08.06発行
今月からヨガの先生がレッスンに来て下さる事になった。 今日が初日、私も肩こりがひどいので体験する事に。 ゆったりと流れる音楽を聴きながら、先生がひとつひとつ丁寧に説明しながら、繰り返し一緒にやって下さる。 見ながら出来るので、たいへん分かり易い。 身体の向きを変える時(つまり回転する時)の説明に、【手や肩から動かすのでなく、腰から回転をおこし中心線を真っ直ぐにする】と。 これ、ダンスする人、大事な事ですね。
息を吸ったり、吐いたりしながら、ゆっくり動くのだが、結構運動量がある。 終った後は肩がスッキリ。 気分もすっきりしました。
☆思い掛けず弟が 2009.08.10発行
お盆で田舎に帰る筈だったが、叔母の都合で、母を預ける計画は無くなり、お盆の帰省は中止となった。 先日、弟夫婦がやって来て、話のなりゆきから、9月の年忌まで母を預かって貰うことに。 お気に入りの息子だから母は喜び、急いで長期間滞在の身支度をし家を後にした。 家事が苦手な嫁さんの事を考えると、多少の不安もあるが、お手並み拝見というところでしょうか。 弟夫婦には子が無く、身勝手で人への思いやりに欠けるところがあるので、丁度いい勉強になると思い、母の世話を頼みました。 1日目、さっそく、似た者同士の母
VS 弟 やりあったそうな。 嫁さんが作った料理を母が吐き出し、『かたくて食べれん』、嫁さんも『好き嫌いが多くて困る』と愚痴をこぼす。そんなの当たり前、何時もの事なのに。 たまに来て、小遣くれるばかりが親孝行じゃない。 しばらく世話をすればどれだけ大変な仕事か分かるでしょう。 そして母も少しは”感謝”の気持が表に出ると良いのですが‥‥‥。
☆恐かった 2009.08.11発行
朝、寝ていてビックリして飛び起きた。 とうとう来たと思った。 今までに無い揺れ。 ベッドに腰掛け、身構えた。 良かった、母が居なくて。 音と振動が不気味。 大きな家具は固定してあり、揺れの割りには被害は少ない。 こんなもんじゃないと1時間位、緊張が解けないまま、じっとしていた。 余震も何度か有り、もっと大きいのが来ると思い気持が悪かった。 部屋中、見て廻ったが大したこともなく安心した。 外に出て、植木が倒れてないか調べてみたが、大丈夫。 家具の倒壊は無かったものの、仏壇や食器棚の中身が崩れていた。 書類や化粧品なども落ちて散らばっていた。 水やガスは止まったが一時的ですぐに回復。 電話は繋がらない。 そこへ八木先生の娘さんからメールが入った。 心配して掛けてくれたのです。 ありがたい。 私の子供は誰も掛けて来ない。 【薄情な】とも思ったが無理も無い。 3人の子供達は神戸の震災を経験しているのです。 電話が繋がらないし、安否が分からなく、母親として切ない思いをした事。 昨日の事の様に思い出した。 家族や親戚、生徒のところにメールして無事である事を伝えた。 しばらくして娘達からのメールが届いた。 心配してくれる家族が居る事を幸せに思う。
☆天使の来訪 2009.08.15発行
14日、私にとってもう1人の家族(八木先生の娘)が一家でお盆に帰って来た。 去年は赤ちゃんだった子も元気に走り回っている。 家族は焼津グランドホテルに泊まるので、食事に招待された。 風呂からでた子供に浴衣を着せてレストランでバイキング、広いフロアで子供達は大騒ぎ。 2番目のお兄ちゃんは人見知りするようになったらしく、モジモジしてる。 すねたらテコでも動かない頑固者だそうだ。 一番上のお姉ちゃんは5歳から保育園のお迎えをしていたので本当の孫みたい。 もう3年生で春休みには単身、姫路から新幹線に乗ってお泊りしたほど成長。 毎回絵を書いたり、粘土細工の作品を土産に持って来てくれる。 3番目の子は元気な男の子。 マルコメ味噌の坊主頭でニコニコと愛想が良く天使の様。 よく笑って、一番可愛い時だ。 『女の子は着せる楽しみが有るけど、男の子も良いものだね』
とママと顔見合わせて笑った。 久し振りに家族の団らんを味わった気分。 ママも母の日にはエコバッグ、私の誕生日にはエプロンを手作りしてくれて、日常の母娘のように付き合っている。 母親として、お婆ちゃんとして一時の幸せをありがとう。
☆樋口了一の 『手紙』 2009.08.20発行
何気なくテレビを見ていたら、樋口了一が『手紙』という曲の歌詞について語っていた。 年老いた母親が子供に宛てた手紙に、少し手を加えて出来たものだそうで、親の介護に携わっている家族や介護職の間でもこの歌詞が評判を呼んでいるそうだ。 さっそくパソコンで検索し、歌詞を読んでみた。 詞を読まれた方の感想も書かれていて、私自身の悩みと重なるものがあり、親の側からみた場合と子供の側から見た場合と、目線を変えて見ることにより、双方の思いが理解出来、ささくれた気持ちが少し和らいだ様な気がする。 親の介護は本当に大変だが、年老いた親も、大人として見るから腹も立つのであって、自分の子供だと思えばさほどでもない。 子育ての頃を振り返ってみると子供の世話をする事で、自分が大人として成長したような気がする。 食事の支度一つとっても、親の為に栄養バランスを考え、細かく刻んだり、柔らかく煮たりする事は、自分も健全な食生活をおくれるという事である。 これからは少し母に優しくできるかな。
☆社交ダンスの交流会 2009.08.23発行
久々に公民館へダンスパーティーに出掛けた。 30人程であったが結構楽しく踊れた。 殆んど初心者の方で、出来ないステップを説明してあげたら、とても喜んで下さった。 みなさん素直に一生懸命覚えようとして、初対面とは思えないほどに楽しく踊れました。 また来月、9/6に南部公民館で会えるといいな。
☆後片付け 2009.08.24発行
野菜も段々、取れなくなってきて、今日は収穫できなくなったキュウリの後片付けをした。 トゲトゲ葉っぱや茎を細かく切って、支柱をはずし、組んだ棚もはずしてチョット広くなったよう。 母は背が低いので棚も低い。 私が野菜の収穫に入る時はいつも中腰、頭を低くして上を見る時は身体をひねって変な格好。 遠くから見てると可笑しいだろうな。 母が居ればマメに手入れをするのだが、野菜の事はわからないので、母が帰ったらビックリするかも。
☆母の留守に大掃除 2009.09.18発行
母が帰るまで部屋の片付けをする事にした。 年寄りは何でも取って置きたがり物が捨てられない。 衣類を整理し、押し入れの中も何処に何があるか解るように張り紙し、出し入れしやすいように棚を作り、やっと片付けを終了。
先日、ある番組で『片付けは心の整理』と言っていた。 まったく同感。 日常の生活の中でも多々ある。 私自身、人から『家具の位置がよく変わる。』と言われる。 無意識ではあるが悩みのある時程、模様替えを頻繁に行なっている。 それが気分転換になって、また働く元気が湧いてくる。
☆父の年忌を終えて 2009.09.23発行
母の介護を引き受けてから4年経ち、父の年忌の段取りも任され、何とか無事終えることが出来た。 寺から帰り、後は自宅で【念仏申し】をする。 田舎独特の風習かもしれないが、親戚の女達が集まり、カネを叩きながらみんなで念仏をあげる。 1時間程で終った後はお茶や食事でもてなす。 互いの状況を話して盛り上がり、帰りにはお土産を持たせて帰す。 兄弟を見送って戸締りし帰路に着く。 休日でETC割引
1,000円の影響か帰りは9時間半も掛かった。 睡魔とたたかいながらの旅で私のETCデビューは散々でした。
☆母の悟り? 2009.12.01発行
名古屋の弟の家から帰った母は妙に静かである。 いつもなら、ワガママ言い放題なのに。 弟の家では、嫁さんの足が悪く、母に付いて歩くのが大変と、あまり外に出して貰えなかった様で、1日寝てばかり居た為か、家に帰ってからも歩かなくなってしまった。 言葉の使い方も今までと違い、少し考えてから口に出す感じで。 母の話では名古屋生活は散々だったそうで、気を使って窮屈な思いをしたり、母が来た事で夫婦喧嘩が絶えなかったとか。 娘のとこが一番良いなんて、やっと気が付いたのかと可笑しく思う。
☆弟との別れ(母の弟) 2010.01.18発行
1月11日早朝、電話が鳴り目が覚めた。 長年患っていた大阪の叔父の訃報で亡くなる事は分かっていたのだが、さすがにショックを隠せない。 母には長距離の旅は無理で、葬儀には東京の兄が代表で出席する事に。 母は情が深く、実の弟にお別れを言う事も出来ない自分を歯がゆく思っている。 身内がどんどん亡くなっていくので取り残されて行くような寂しさを感じているのでしょう。 叔父の他界から母の様子も少しおかしくなって、意識混濁か、叔父と自分の息子の区別がつかなくなっているし、トイレに行くにも、掴まり立ちしていたのが這って歩くようになり、寝てばかり居る。 早く気持を切り替えてくれると良いのですが‥‥。
☆阪神大震災から 2010.01.18発行
あれから もう15年、当時、神戸に居る子供達を必死で探した事を思い出し、被災者やその家族達の複雑な思いに、私自身年数を経た今も胸潰れる思いでいっぱいです。 亡くなられた方達にはお気の毒と思いながらも、子供達が欠けることなく無事でいた事、神に感謝し黙祷。 毎年この日が来る度に、子供達が多くの人に助けられて、今があると感謝しており、テレビで報じられる度、被害の大きさが目に焼き付きます。 子供達には生かされた命を大切に生きて欲しいと願います。